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千葉地方裁判所 昭和31年(行)7号 判決

主文

被告が船橋市海神町北一丁目五一五番畑九畝三歩同所五一六番、畑四反二六歩につき為した昭和二三年一二月二日を買収期日とする買収処分(昭和二四年八月六日千葉県報に登載公告)は無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めその請求原因として次のように述べた。

一、原告先代森岡藤兵衛は大正九年四月主文掲記の二筆の土地(以下本件土地と称する)を買受け所有したが、原告は昭和一九年一一月一九日家督相続によりその所有権を取得した。

二、船橋市農地委員会は本件土地につき昭和二三年一一月八日自作農創設特別措置法(以下自創法と称す)第三条第一項第一号に該当する農地として買収計画を定めた。原告は本件土地は自創法第五条第五号所定の「近く使用目的を変更することを相当とする土地」であつて買収の対象から除外されるべきものであることを理由に、右買収計画に異議を申立てたが却下されたので、更に同様の理由により千葉県農地委員会に訴願を提起したところ、同委員会は昭和二四年三月二日附で右訴願を棄却する裁決をなし、其の後被告千葉県知事は右買収計画に基き、本件土地に対し買収時期を昭和二三年一二月二日とする買収令書を発行し、原告の所在不明で右令書を交付し得ない場合であるとして同年八月六日千葉県報に登載公告した。

三、然しながら、本件買収処分は次の理由で無効である。

(一)  本件土地は船橋市の住宅地として知られている海神地区にあり、南は京成電車軌道に隣接し東南部は海神駅に接し、東部、北部は密集した人家に囲まれ西部は大きな並木と幅二間半余の道路を隔てて人家に接し、附近一帯は海神一丁目の文化住宅地区で、本件土地以外は殆ど全部家屋の敷地となつている。更に本件土地の形状は西北部が高く東南部に低く全体として丘陵性の土地であり地味も極めて悪く耕作には不適当な土地である。更に本件土地には元来小作農なく原告に無断で数名の者が任意に家庭菜園として使用していたに過ぎず、勿論土地使用の対価は支払つていない。右のような土地であるから農業生産力の発展を企図するには縁遠い存在であり、経済的にも地域的にも住宅地と認めるに何人も疑のない土地である。されば本件買収計画樹立当時訴外日本鋼管株式会社が本件土地に社員寮を建設すべく計画し原告に土地買受方を交渉して居たが、買収計画樹立を聞知して右建設計画を中止したような実状である。以上の如く近く土地の使用目的を変更することを相当とする土地であること極めて明瞭であつたから船橋市農地委員会は宜しく千葉県農地委員会の承認を得て右土地につき自創法第五条第五号の指定を為すべきに拘らず之を為さず極めて明瞭な事実を無視して本件買収計画を樹立したのは違法であり、しかも右瑕疵は重大であり明白であるから右買収計画に基いてなされた本件買収処分は当然無効である。

(二)  買収令書を所有者に交付することは買収処分の効力発生の要件である。然るに本件買収処分については所有者たる原告に令書を交付していない。之を詳言すれば被告が本件買収令書を千葉県報に登載公告した昭和二四年八月六日当時原告の住所は東京都中野区鷺宮三丁目八六番地にあつたが、原告は右住所において前記の如く船橋市農地委員会に対する異議申立及び千葉県農地委員会に対する訴願提起を為し、右訴願に対する昭和二四年三月二日附裁決書も右住所宛に送達されているのであつて、被告は容易に原告の右住所を知り得べき事情にあつた。しかるに被告は買収令書を右住所宛に送付することを為さず、原告の所在不明で令書を交付する能はずとして千葉県報に登載公告したのは違法であり、右公告は交付に代る効力を発生していない。従つて本件買収処分は当然無効である。

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め答弁として次のように述べた。

一、原告の主張事実中一、及び二、は認める。

二、同三、の(一)中本件土地が小作地でなかつたとの事実は否認する。本件土地は何十年来農耕されて来た畑であり、訴外植草吉五郎が八畝歩を小作料年三円、井上秋蔵が二反一畝二六歩を小作料反当年七円、田久保さだが四畝歩を小作料年五円、会田順之が一反一畝歩を小作料年七円芦田藤男が五畝三歩を小作料年五円でそれぞれ賃借耕作して居り、小作料は原告先代当時の管理人竹内菊三郎死亡後は訴外株式会社富倉商会が右土地の管理人となつて取立てる約で、昭和一八年度分までいずれも支払済みである。戦争苛烈となつた昭和一九年度分からは原告方管理人から何等の通知もないため支払未了となつているが小作人等が信義に反して滞納しているものではない。従つて本件土地はいずれも農地であり小作地である。

原告主張の三、の(一)の事実中本件土地附近が船橋市の住宅地区であること、本件土地の東部、北部及び西方一部は人家であること、本件土地が北西部が高く東南部が下がりの形状にあることは認めるが本件土地が近く使用目的を変更することを相当とする農地であつたことは否認する。本件買収処分当時、本件土地については、近く土地使用の目的を変更する確実性ある具体的計画はなく、また、四囲の環境上近い将来に非農地化されることが必要と認められる事情もなかつたのであるから、自創法第五条第五号の指定を為さず、これを買収したことは違法ではない。

三、原告主張の三の(二)の事実中原告が東京都中野区鷺宮三丁目八六番地において本件土地につきなされた船橋市農地委員会の買収計画に異議の申立をなし、更に千葉県農地委員会に訴願の申立をなしたこと、同委員会が昭和二四年三月二日裁決をなし裁決書を右原告住所宛に送付したこと、及びその後被告千葉県知事が本件土地につき買収令書を発行したが原告に交付することができなかつたため令書交付に代えて昭和二四年八月六日千葉県報に登載公告したことは認めるがその余は争う。本件土地の登記簿、土地台帳等の公簿には原告の住所は東京都牛込区払方町三五番地と記載されていたため、買収計画書の所有者の住所の表示は右に従いなされ、買収令書は買収計画書に基き発行されたため右住所に対して交付手続が採られたが、住所不明で交付できなかつたため自創法第九条第一項に則り千葉県報に登載公告したのである。買収令書の発行は異議、訴願の審理庁たる市町村農地委員会乃至は都道府県農地委員会とは別個の機関たる都道府県知事が行うものであるから、異議訴願関係の書面により原告の住所の変更を察知し得なかつたし、土地の所有者はその住所に変更を生じたときはこのような場合の権利の保護の上からも当然その旨を登記所に申告して変更して置くべきであるのに原告自らもかかる懈怠があつたのであるから、行政庁が右の如き公簿の記載に基き原告の住所を誤り買収令書の交付をすることができなかつたためになした本件公告は当然無効ではない。

(立証省略)

理由

船橋市農地委員会が昭和二三年一一月八日原告所有に係る主文掲記の二筆の土地につき自創法第三条第一項第一号に該当する農地として買収計画を定めたこと、原告が右買収計画に異議を申立てたが却下され更に千葉県農地委員会に提起した訴願も昭和二四年三月二日の裁決により棄却されたこと、其の後被告千葉県知事が右買収計画に基き昭和二三年一二月二日を買収期日とする買収令書を作成し、原告の所在が不明で右令書を交付することが出来ないとして昭和二四年八月六日千葉県報に登載公告したことはいずれも当事者間に争がない。

而して原告は右県報に登載公告して為した買収処分は(一)及び(二)の理由で無効であると主張するものであるが当裁判所は順序を変更し(二)から判断することとする。

成立に争のない乙第五号証に依れば本件土地の登記簿上記載の原告の住所は東京都牛込区払方町三五番地である事実を認めることが出来、本件買収計画に対する原告の船橋市農地委員会宛異議申立書、原告の千葉県農地委員会宛訴願申立書及び同委員会の昭和二四年三月二日附訴願裁決書記載の原告の住所がいずれも東京都中野区鷺宮三丁目八六番地である事実は当事者間に争がなく、右当事者間に争のない事実と原告本人尋問の結果を綜合すれば原告は本件買収計画樹立当時から昭和二五年一二月末まで右東京都中野区鷺宮町三丁目八六番地に住所を有していた事実を認め得べく、更に成立に争のない乙第六号証の一、二に依れば本件土地に対する買収令書は千葉県農地部長から東京都経済局農地課長に原告の住所を前記登記簿上記載の住所として原告に交付方依頼したので右農地課長は之を交付しようと試みたが原告が右住所に居住していなかつたので、昭和二四年六月六日附書面により千葉県農地部長に令書を返送した事実を認めることが出来る。而して被告は買収令書を発行する千葉県知事は買収計画に対する異議、訴願審理庁とは別個の機関であるから異議訴願関係の書面により原告の住所の変更は察知するに由なく登記簿上の住所に基く外はなかつた旨主張しているのであるが、旧自創法による農地買収においては市町村農地委員会による買収計画の樹立及び之に対する異議の審理、都道府県農地委員会による訴願の審理及び買収計画の承認、都道府県知事による買収令書の発行、交付という一連の行為が相よつて農地買収という最終の目的を達成するものであることは多言を要しないところである。されば右各機関は各独自の権限使命を持つてはいるが、互に協力して完全に右最終目的の達成に努めることを要するものと云わなくてはならない。之を本件にあてはめて見ると船橋市農地委員会は原告よりの買収計画に対する異議審理中原告の住所の変更を知つた筈であるから買収計画における原告の住所を真実の住所に合致するように訂正すべきで、之を訂正しなかつたのはその手落と云わなければならないこと勿論であるが、千葉県農地委員会は訴願の審理中原告住所の変更を知り訴願裁決書には当時の原告の正しい住所を記載した程であるから船橋市農地委員会に該訴願棄却の裁決書を送付するに際しては右委員会に対し原告住所の変更につき注意を与えて然るべきであり、更に千葉県知事は買収計画における住所と異議並びに訴願申立書の住所の異る場合、買収計画に所有者の真実の住所を掲げるにつき互に協力注意するように関係各機関を指導し之により買収令書に所有者の真実の住所を掲げ以て令書の交付に遺漏なきを期すべき立場にあつた。然るにも拘らず最後まで買収計画における原告の住所が、真実の住所でない登記簿上の住所のままに放置され之に基き買収令書に右住所の掲げられていたのは(被告の主張自体に依り明である)、所有者に登記簿上の住所を訂正しなかつた欠点があるとしても、主として船橋市農地委員会の手落であり、千葉県農地委員会が前記与うべき注意を怠り千葉県知事が前記責務を怠つた結果であつて、行政庁側の責であると云わなくてはならない。以上のようであるから被告が登記簿上の原告住所宛に本件買収令書の送付を試み交付することが出来なかつたからとて、本件土地については自創法第九条第一項に所謂「所有者が知れないときその他令書の交付をすることができないとき」に該当しないと解するのを相当とする。されば被告が買収令書の記載事項を千葉県報に登載公告したのは自創法の許容しないことを為したものであつて、右公告は買収令書の交付に代る効力を生じないと云わなくてはならない。然らば本件買収処分は無効であるから之が無効確認を求める原告の本訴請求は(一)の事由を判断するまでもなく其の理由があること明である。

よつて之を認容すべきものとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

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